地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2006/06/26 23:32

『楽園の存在 1』

 


目を覚ますといつも真っ暗で、手探りでデスクライトの明かりをつけた。
窓が無いから勿論カーテンなんかも無くて、パジャマ姿でカーテンを巻いて
フランス窓みたいな窓を開けて、鳥の声を聞くことも出来ない。
今防備も無くそんな事をしたら、どうなってしまうだろう。


20世紀末、世界は急速に近代化した。
中でも、目を見張るほどの進歩を見せたのが携帯電話である。
21世紀にはいると普及率は80%を超し、生活には欠かせない
ライフラインとなった。

私も中学校に入って2ヶ月した時、携帯電話を買ってもらった。
店内では周りに紛れてしまう空色の普通の型だったのだが、
妙に私の目をひいて放さなかった。
角の無い楕円形のボディで、マシュマロみたいに柔らかそうだった。
その日は嬉しくて、眠る時まで手のひらの中に包んでいた。


「調子はどうだい?」
軋む内開きの扉を開けて、彼が入ってきた。
廊下の仄かな黄色い光でも、私は眩しくて目を細めた。
シルエットだった彼が、徐々に輪郭を現してくる。
赤ちゃんみたいなふわふわの髪から、Yシャツの襟元、スリッパのつま先が
見えた頃、私は彼に言葉を返した。
「大丈夫。ずっと良くなってるわ」
「そう」
気のなさそうな返事でも、それは言葉だけで私に対する気遣いは
しっかりこもっているのだと、彼の笑顔を見て確信した。