地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2006/06/27 22:50

『楽園の存在 2』

 


あの日から、具合が悪くてまいる。1日中機能を失ったスプリングの入った
マットレスのベッドに転がって、暗闇に目を這わせる。
でも何が出てくるワケでもなく、何処かの国のぽっかりと浮かんだ
船が描かれた大きなキャンバスと、ホコリっぽそうな横長の本棚と
その中にびっしりと並んだハードカバーの本しか見えない。
それらの全てが色を失って、絵なんては額にかけて光に当てなければ
作者に悪いような気がする。
私は、絵の作者に思いをはせた。だけどどうしてもゴッホみたいな
ヒゲのオジイサンしか出てこなくて、面白くなかった。


耳元で携帯電話の着信音が鳴った。
あの時買ってもらったモノと近い色を探して、自分で買った携帯電話だ。
お金のかかることも禁止されていないし、今では1日中いじってたって怒られない。
音を頼りに枕の下の携帯電話を見つけて、2つ折りのディスプレイを開けた。
彼だった。

「もしもし」
「僕だよ。寝てた?」
彼の声を聞くと、凄く安心する。彼はいつも、一言一言を包み込むように喋る。
「ううん。珍しく起きてた」
もう春も過ぎただろうに、肩までかけた毛布を抜け出て上半身を起こした。
「良かった。起こしたら悪いと思って」
「貴方が起こしてくれないと、1日中眠りっぱなしになるよ」
「良いんだよ。君は体が悪いんだから、寝ていて良いんだ」
まるで泣いている子供を諭すような、優しい口調だった。
きっと彼は夏の日差しに頬を赤らませて静かに微笑んでいるんだと思う。
「そうね。でも貴方が帰ってくるまで起きてるわ」
「いや、今日はそっちに行けなそうなんだ。それを言いたくてね」

珍しい事だが、あの日から何度かあった事だ。仕事が忙しいらしい。
だから私は今まで、帰ってきた彼の為に「お疲れ様」と彼の携帯電話の
留守電にいれておいた。次の日彼は私に電話をして、「有難う」と言ってくれた。
私はそれが嬉しくて、会えなくても週に1度は残業があっても良い、と思っている。

「解ったわ。頑張ってね」
「うん。それじゃあお休み」
「お休みなさい」
ゆっくりと電話を切って、携帯電話を閉じた。


色の無い部屋に、また静寂が戻ってきた。