地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2006/07/09 23:03

『粉々の楽園 1』

 

世界が荒れて、彼女は壊れた。
外に出るのが怖くなり、車のエンジン音を聞くだけでびくびくしてた。
「大丈夫」「助けて」
そんな会話が続いた。

 


僕らが生まれる前、某大国が戦争を起こし、各国が巻き込まれた。
そのせいで上手く巻き込まれなかった僕らの国も、恐慌が来た。
国はとことん乱れ、テレビでは失業者増加の話がひっきりなしに報道された。

「あたし、くびになっちゃった」

彼女が、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして僕の家のドアを開けたのは、
もう何ヶ月前の事だろう。
僕はワケも解らず彼女を慰めて、無謀な約束をした。

「コレから先は、僕が一生君を養ってあげる」

言ってから気づいた。
「あ、これプロポーズだ」
と。

「・・・・ほんと?」

僕自身も正直、油彩画教室の教師というこの情勢では危うい商売をしているので、
養っていける自信など無かった。
でもそんな事は彼女もわかっているだろう。

この前両親が父方の祖父の家業(プラスチック製品の製造業。比較的安定している)の
あとを継いだので、この両親の家は売り渡される事になった。
しかし、不動産屋に「買う金も無いし売る当ても無い」と元も子もないことを
言われたので、僕が両親への仕送りを条件に引き取った。

この家、何しろ広い。
近所の子供には城と呼ばれ、ホワイトハウスとも仇名が付いていた。
そこから毎朝Yシャツとベストにコートで出てくる僕は王様か大統領か、
なんて考えるが、実際しがない絵描きなのです、と心の中でほくそえんだ。

彼女には、彼女専用の部屋として2階の1番広く、1番南側で、
今までは両親の部屋として使っていたらしい部屋を提供した。
生憎そこは僕のキャンバスやら絵の具やらでいっぱいになっていたし、
しかも高いカーペットには随分油絵の具でシミを作ってしまったのだが、
彼女は気にしなかった。
画材をどかして、ダブルベッドのシーツを洗って、彼女の衣服を運んだ。

「この本は何?」
「親父の趣味でね、外国の詩集だよ。英語だけど」

僕は、その本に一度も手をつけたことが無い。

「邪魔かい?」
「ううん、良い。こういうのはあるだけで頭が良くなった気がする」

歯を見せて、彼女は笑った。

 

それから2日後、僕の勤める教室は潰れた。