2007/09/24 00:05
『山風』
相模秀一はまずいスープを飲み干すと、小さな窓を見上げた。
世間では秋。今年も姉は秋物のコートを欲しがっているのだろうか。
『吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ』
相模は、不意に百人一首の句を思い出した。
勿論作者は知らない。百人一首だったかどうかも、相模は曖昧だった。
大学での専攻は古典だったが、俳句には興味がなかった。
ただ、意味は覚えていた。
吹き込めば秋の草木はしおれてしまう。そんな山風を嵐という。
山風、と書いて荒らしと読む。山を荒らす嵐。言葉遊びだが、相模は真剣に顔をしかめた。
嵐なんかが吹いたら、しおれる所じゃなかろう。根ごと持って行ってしまう。
ちょうど、俺がやったように。
かしゃん、と金属の音がした。
「や、止めろ、嫌だ」
相模の隣の隣らしい。ずるずると腕を掴まれ引きずられながら、恐怖ゆえ漏らした
糞尿の悪臭を撒き散らしていった。
相模はそんな男の姿を見届けると、そっと手を合わせた。何の心もない。
残された悪臭が、先程の句にぴったりだと相模は思った。
「しおれるなあ」
指を組み後頭部を乗せ、死刑囚相模秀一は仰向けに転がった。
窓の外では、秋の冷たい風が葉を落としていた。