地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2006/07/22 22:39

『ナイフの行く先』

 


狼は何処に行った?本当に来たのか?

それなら、狼は誰なんだ?

 

こうじはいつもおとなしい奴だった。
小さい頃から良く遊んでいた記憶があるけど、それは親同士で話している事が
多かったから、その間に暇を潰していたのだと思う。
やんちゃ盛りの俺に比べてこうじは手のかからない子だったから、
失敗をしてもこうじが責められる事はなかった。
「こうじ君じゃないでしょ?嘘つかない。狼少年になるわよ」
母は良くこう言った。
どうしてそんな事を言われるのか分からなかったが、信用されていなかったのだろう。

それからもう30年の月日が経ち、俺もこうじも立派なおやじになっていた。
小中学校は同じで、高校は別々のところに行き、殆ど話すこともなくなった。
とはいえ高校になってから急に付き合いが薄くなったわけではなく、
中学の時から俺とこうじの関係は友達、とも言いにくくなっていたのだ。
俺はぎゃーぎゃー騒ぐ方のタイプだったから、大人しいこうじからは
自然と離れていった訳である。

再び交流が始まったのは、22の時にこうじから結婚式の
知らせが届いた後からだ。
意外だった。名の知れた大学を卒業し、その年に結婚したらしい。

「飲みに行こうか。祝宴だ」

「うん」

昔から静かに笑う。
酒が入っても、こうじは大人しい良い子だった。

そんな順風満帆な生活をこうじは送っている。
俺は、ただ無駄に時間を過ごしているような気さえするほど、
こうじ達の暮らしは美しかった。

冬の日だった。雪が少し積もった。
その上に肢体を乱して倒れこんだ女が居る。
鮮血。ああ、死んでいるな、これは。

光るナイフを握っていたのは、こうじだった。

俺は飛び出て、声をかけた。

「おい!」

「何だい?」
あまりにも冷静な声に、俺は怖気づく。

「な、何やってんだよ」
「君がね」

刃先が俺に向けられた。
俺はそれを奪い取る。

ナイフが胸につきたてられた。
真っ赤な液体が、天に向かってのびる。

「結局、狼少年は狼に踊らされるだけだろ」

こうじの声とは思えない程、恐ろしく聞こえた。

 

 

白い雪は、真っ赤になっていた。
2体の屍。そりゃあこの出血量。

血にまみれた俺の体。
手にはナイフ。

「なんなんだよ・・・・」

俺は羽交い絞めにされ、地面に押さえつけられた。
こうじはそんな俺を見て、達成感のある、静かな笑みを浮かべていた。

こうじは己を突き刺したのか。
それとも俺は、このナイフでこうじを刺したのだろうか。

「いつ死んだんだよ、こうじ」

こうじは、地面に転がって俺と同じ目線だった。
いつもよりも大人しい、死体になっていた。

「お前があの女性も殺したのか?」

「こうじがやったんだ」

こうじの所為にして。
いけない子だなあ、俺は。
でも本当なんです。調べれば分かります。

今度は、信じてください。

「あの男は?」

「自分で刺したんです」
「嘘はいけないな」

ああ、何で全部僕の所為にするんです。
僕が悪い子だからですか?
こうじが良い子だからですか?

 

 

俺は、狼はこうじだって何度も警告してたのに。

ほら、こうじは俺を刺してるでしょう?
胸から流れる血で朦朧とする頭の中で、母の軽挙な言動を強く恨んだ。