地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2007/06/30 13:15

『私はそこで、』


私はそこで、短剣を構えながら息を思い切り吸い込んだ。
心臓は競うように速くなる。こんな調子では階段上の男を殺すのなんて、
とても敵わないことに感じる。

階段を、一歩一歩踏み締めながら上っていく。果てしなく長い。

男が背を向けたので、慌てて駆け上がろうとして、つまづいた。
からからに渇いた口を無理矢理開いて、叫ぶようにまくし立てる。


「それこそが私を死に向かわせたことに対する償いだと言うか!嗚呼、世は無情なり。
 私はここで君を殺そう。君は世間から何の情を受けることもなく」

 

 

私はそこで、息をついた。
駄目だ、これではとてもオーディションに受からない。
どうしても方言が直らないのだ。カナダから出てきたばかりの私に、この役は似合わない。

写真立てでは、故郷に残してきた恋人がきらきらと笑っている。
-ほら、言ったでしょ。
-貴方には無理だったのよ。
そう嘲笑われているような感じがして、写真を伏せた。
やはり私には、向いていないのだろうか?

そんな葛藤をしていると、上の階でどすどすという足音がした。
上の部屋は空室だった。誰かが越してきたのか。
好奇心から部屋を出て、錆びた鉄の階段を上る。

 


私はそこで、キーボードを叩く指を止めた。
本当に、天井から物音がする。鼠のものじゃない。もっと大きな何かだ。

ここまでの原稿を保存し、ノートパソコンを閉じて、廊下の突き当たりにある
屋根裏部屋への扉を開いた。
祖父母からこの家を譲り受けてから、私はここに入ったことがない。
だからそこは埃っぽくて、裸電球も切れていた。

作り付けのような、古い階段を掴む。

 


私はそこで、スクロールさせる手を止めた。
天井が軋んでいる。いつの間にか弟が帰ってきていたのか。

2階への階段を上りながら、変な感じがした。何だかはわからない。デシャヴのような、
もやもやした気分だ。

私はこの階段を、上り切ることが出来るのだろうか-?

 


私はそこで、