2007/07/31 23:12
『少なくとも鮎の塩焼きではある。』
私はこの部屋を、実験室と呼んでいる。
薬品の臭いとかはない。ただ白く、気が狂ってしまいそうな狭い部屋だ。
噛んでも噛んでも味がない。剥いても剥いても中身がない。そんな部屋だ。
「やあ」
私の声に、男は顔を上げた。
「調子はどうだ」
「清々しいとでも言えばいいのかね」
男は濁った目で、私を見る。
私は無意味に笑った。
「今日は彼女は居ないのか」
男も意味のないことを言った。
「本は読んでくれたかい」
「あんたの本か?いや、タイトルからして駄作だ。失敗だ。装丁だって、無駄に高く作ってある。 これじゃ読者泣かせだね」
「そうか」
私の手には、その本がある。
この本の作者は誰なのだろう。
私の本なのか。男の本なのか。
「さて」
被験体は誰なのだろう。
男ではないのか。私なのだろうか。
私はこの部屋を、実験室と呼んでいる。
私は誰だろう。
被験者は果たして、これを実験と呼ぶのだろうか。
私は、実験者ではなかろうか。
つまり私は男でもある筈だ。
どちらでもないのかもしれない。
「私は、誰だろうか」
男は笑う。
「何を言ってるんだ、先生」
そうか。
私は実験者か。
はて。小説家だろうか。
「先生は私の患者だ」
成程。
わかったようなわからないよう気分が面白くて、私は素直に笑った。