地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2006/09/15 19:02

『美しい町を目指して』

 

帰宅ラッシュの電車を降りたのは
何時間前の事だったろう、と思う。たった数分前の事だったのだけれど。
この町まで来ると降りる人は少なくなる。

 


駅のホームに降り立つ。
すっかり寒くなった空気が私の息を白く染めた。
ぽつりぽつりと人が居る。少し鬱屈した気分に襲われて、
懐からメンソールの煙草を取り出し火を点けた。女性のような軽い煙草だ。
当たるかのように思い切り吸い込み、馬鹿みたいにムセた。
つまりは強い方ではないという事だ。
煙は薄明るい空に吸い込まれては溶け、消えていった。

そろそろ街灯のひとつ位点いても良い位の空だが、
背の高いソレは役目を為さず佇んでいる。
虫が溜まらないので、そこら辺に
飛交っているのかも知れない。
間抜けに開けた口を閉めたのは、口に入るのが嫌だからだ。
我ながら子供だ、と思う。
私が急な階段を下りてホームを出ると、急に明かりが灯った。
クソッ狙ってたな、こいつ。
煙草をロクに吸わずに落として踏み潰した。
環境破壊だろう。

 


この煙草1本で何が変わるというのだろう。
あの山ひとつ削ったって変わらないんじゃないか、とすら思う。
私みたいなヤツが居るから自然がどんどん失われていっているのだろう。
しかしそれは曲げられない考えなのだ。
人間と同じだ。

だって横溝正史の小説のような
惨い殺され方をしなければ世間はソコまで騒がなかろう。
殺人のひとつやふたつ、報道されても「怖いわ」とも思わない時代だ。
私が思わないだけかもしれないが。
ただ地域が違えば反応も違う。

例えば隣町で殺人事件が起こったとしよう。
犯人は捕まった。そういえばさっきから例に挙げるのに
妙に殺人が多いのは何故だか自分でも解らない。
兎に角それでは「怖いわ」では済まないのではないか。
小中学校の登校は保護者が
付き添ったりするのだろう。それと同じだ。

アマゾンで森林が伐採されるとする。
世間は、いや。客観的な目を持てない私には使えない例えだ、ソレは。
私の主観でいこう。
地理地形に疎い私はアマゾンの位置も知らない。
だから私は「大変そうだな」としか思えなかろう。
ならこの田舎町にゴミの焼却施設を建てるという計画が持ち上がる。私はどう思うだろう。
「大変そうだな」としか思わないような気がする。
私を例に挙げると話が解らなくなる。失敗したな。
町民は、「嫌だわ、断固反対しなくちゃ」とか思うだろう。
結局身の回りで何が起こるか、の問題なのだ。
だから私がアノ煙草を1本捨てても町民には怒られるかもしれないが
自然破壊活動をしている事にはならないと思う。

 

と、そんな言い訳をしてみる。

 

後ろでちり、と音がした。焦げ臭い。
此処数日雨が降っていない所為で煙草が雑草に引火したのだ。
私は慌てて踏みつける。
消えない。小癪な。
これじゃ立派な自然破壊じゃないか。

結局何処かの小父さんが駆けつけてきておろおろしている私のスーツを剥いで
ばさばさと火を叩き、ぽつぽつと野次馬が集まってきたところで漸く火は消えた。
皆、どうしてこの夕食の時間帯に集まるんだ。
何処で知ったんだ。
明日から早速町内の笑い者確定だろう。
こういう所は噂話の回りが速いと聞く。
だから小父さんも野次馬も集まったのか?
明日の大家さんのニヤケ面が楽しみだ。

スーツは焦げた。
小父さんの登場は有難かったが話が長い。
もうポイ捨てなんかしませんってば。許して下さい。

小父さんの説教が終わった所で、私は足早に
家路に着いた。

帰ったら靴の底まで焦げてて挫けそうになった。