地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2012/12/17 14:54

『ラブフォーエバー』

 グラスウェイの半分まで来た。
 朝から休まず歩いているから少年の心も挫けてしまってとても。とても。
 吉日だというので父に昼飯代を貰って旅に出ることにした。愛車は兄が鉄屑にしてしまったので、徒歩での旅を余儀なくされていた。目的はない。カスみたいな夢を見るようになってちょうど一周年だから、目的なく歩いている。

 夢の中に人間が登場するのは稀だった。だからよく覚えている。一年前の寝苦しい夜だった。視界がちかちかして耳に入らぬ音が脳の中で絶え間なく鳴り続ける。それが突然ぱたっと止んで、暗闇に変わる。光る。艶々していた。女の手が目を覆う。そして耳元で呟く。ざっざっざっという音に掻き消された声が、耳の在らぬ場所で聞こえていた。
 汗だくで目が覚める。起きざまに足が攣るみたいに吐き気が襲ってきた。何度も同じ夢を見た。それから一年経つ。家族にも友人にも言いそびれて一年経つ。一周年なら何か変化があろうと思って日常とは違うことをしとうと思った。幾つかの選択肢の中で一番魅力的に思えたから旅をすることにした。

 グラスウェイの半分まで来た。かんかんと照らす陽光に当てられて俺の意識は飛んだ。

 道の真ん中で例の夢を見た。
 どぎゅきんきんかんずるぎきぎといってしんと静まり返る。白い光が脂の塊みたいな暗闇を裂く。ぼやぼやした覚束ない視界だった。女の手が天から下りてきて目を閉ざす。
 わかった。今漸く理解った。これは母の手だ。生まれる俺と死に逝く母が同じ視界を共有しているからわからないのだ。
 しかし声はやはり土を掻くような音に消されてしまう。それも仕方ない。もう母の耳はまともな音を拾えなくなっていたのだ。
 母は瞼を動かす力を失していたが、その目は光を吸って伸縮していた。祖母が瞼を撫で下ろし、母の五感は途絶える。皺の寄った手は、母が最期に見た光だった。

 俺はゆっくりと目を開ける。霞んだ風景だった。見知らぬ汚いなりの女が大きなバケツを構えている。中身を俺にぶっ掛けやがる。液体が変なところに入って大いに噎せた。
「起きたけ」
 バケツ女が笑う。起き上がろうとしたら吐いた。胃液だけの吐瀉物が服を汚す。
「無理すんな。もうちょっと寝てろ寝てろ」
 バケツ女の大きくてかさかさした手が、俺の目を覆う。温かな手だった。肥料とゲロの臭いがした。俺は目を閉じ、深く息を吐く。

 ざっざっと土を掘る音が聞こえてきた。そこから先は知らない。

 

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 あるブロガーに憧れてエキブロを始めたのですが、その方が記事を全部削除してしまい悲しくてなりません。