地獄の回想録

2006年からやっているブログの記事を機械的に貼り付けました。

2019/02/01 15:23

『最後の一人』

 インフルエンザの流行で日本の人口が半分になった。なんだか知らんが俺たち人間の肉体は、元々インフルエンザには耐えられないようにできていたのだ。俺たちに与えられていた執行猶予の期限は切れた。それだけだ。
 友達も好きな人もアイドルも死んだ世界にそこまで興味が抱けなくて、俺はマスクも付けず街中をブラブラしていた。結構道端に死体が転がっていたりして精算な光景だが、ここまで致死率が高いと逆に蔓延していないのではとも思う。
 その男に声をかけられたのは、自販機でぬるいコーヒーを買っていたときだった。
「マスクは?」
「いらねえ」
「すごいな。もしかしてホモ・サピエンスか」
 やばいなあ、と思った。インフルエンザは脳も侵してしまうらしいから、この男も可哀想に脳をやられているのだろう。
「まあ、人間ですけど」
「いや、人間は俺たちのはずだった。君はうまいこと生き残っていた旧人類なんだな。こんな風に出会うなんて驚きだ」
 男は真っ青で、今にも死にそうにふらついていた。
「参ったよ。旧人類の肉体を乗っ取り入れ替わっていったのはいいが、このざまだ。おかげで我々は滅びようとしている」
「はあ」
「君のような旧人類がまだ残っていたのなら、ヒトはあるいは滅びないのかもな」
 悔しいね、と男は笑った。やっぱりインフルエンザは怖い。俺は逃げるようにして家に帰り、雑菌まみれの冷たい珈琲を捨ててマスクを付けた。