2018/11/23 15:09:27
『ルナティック』
お題「餅と鍋」「月」
加藤の遺影はよく撮れていた。クラスでも目立たない地味な女だったが、こうして見ると美人だ。惜しい人を亡くしたと急に思う。
そういえば、一週間前は新月だった。だからかと俺は思った。
彼女が俺の前に現れたのは、それから一週間後のことだった。家には数人の友人が遊びに来ていて、皆思い思いに過ごしていた。便所に行くために部屋を出ると、彼女はそこにいた。
「加藤?」
なぜ一瞬でそれがわかったのか不思議だった。彼女はひっつめていた髪をほどき、上下赤の服を着ている。
「何で俺んちにいるんだ?」
へらへら笑いながら言うと、加藤は無言で俺の手を取った。
「私もね、友達とパーティーしてみたかったの」
「パーティー?鍋パとか?」
「そう」
加藤の笑顔に俺はヤラれてしまって、死人だってことも忘れて手を引く。
「いいよ。中入りなよ」
「トイレはいいの?」
「別に漏らしたって誰も何も言わねえって」
自室に戻ると、友人たちはテレビのニュース番組を見て爆笑していた。
「やめろよお前ら。加藤が怖がるだろうが」
「加藤?誰?」
「こないだの子でしょ」
「ああ、死んだ子」
やはりこいつらに加藤の姿は見えていないらしい。それもそうかと思いながら、腰を下ろす。加藤は俺の隣りに座った。
ちょうどよく、テーブルの上には鍋があった。土鍋ではなく、なぜかドラム缶のような寸胴鍋だ。ぐつぐつと煮え、湯気が立っている。
「俺が取ってあげるよ。何食う?」
「じゃあ、お肉」
皿を手に、肉をつまむ。鍋からはずるりと赤い大きな肉が現れた。
「ごめん加藤、まだ煮えてないみたい。他のにして」
「じゃあ、野菜で」
野菜をつまむ。緑色の葉っぱが取れた。汁を吸って美味そうだ。
「はい。他には?」
「お餅は?」
「あるかな」
鍋をかき混ぜるようにして、底を探る。大抵餅というのは、鍋の底に焦げてひっついているものだ。
「なさそう」
「そう?ちゃんと探した?」
そう言われると不安になって、鍋を覗き込む。どろどろとした汁の中に、白いものが見えた。
「あった」
箸でつまみ、持ち上げる。それは俺のスマホだった。
よかったねと加藤が笑う。よかったと俺も笑った。
「ちょっと二人きりにならない?」
「いいよ。庭出る?」
ブルーシートをめくって部屋の扉を開け、二人で手をつないで庭に出る。機械音もなく、温度調整もされていない庭は静かで涼しい。
加藤は庭で、踊るようにくるくると回った。明るい満月の下で見る加藤は、やはり美しかった。
「ねえ」
「うん?」
「どうしてお葬式に来たの?」
「元クラスメイトだろ。もう十年前のことだけど」
「それだけ?」
加藤はいつの間にか、俺の正面に立っていた。まるでキスでもするかのように顔を寄せられて、俺は彼女の顎を掴んだ。
唇が触れ合う。死人の彼女は冷たく、鉄錆の味がした。
「好きだから」
「嘘つき」
「でも結構クラスのやつ来てたよ。隠れファン多かったんじゃないの」
「違うよ。私の死体が見たかっただけ」
彼女はひらりとスカートを揺らしながら、姿勢を戻した。覗く脚には、切れ目のような傷が残っていた。
服の裾に手をかけ、ちらりとめくる。
「だって、誰でも見たいでしょ?」
絶対に見たくない。わかっているはずなのに、俺の鼻息は荒くなっていた。
「見たい」
「いいよ。君にだけ、見せて」
「何してんだ?」
背後から友人に声をかけられて、肩が跳ねるのと一緒に小便を漏らした。生暖かい液体がズボンを濡らしていく感覚は、この状態でも不快だった。
「きったねえ。そんなんだからあんな女にラリってんのバレたんだよ」
「加藤は?」
「お前が殺しただろ」
そうか、と呟く。そうだった。俺はポケットからスマホを取り出した。血溜まりのドラム缶の底に落ちても、スマホはぶっ壊れちゃいなかった。
「美人だったんだよ」
「そう」
「本当だよ」
今気づいたんだ。俺がそう言うと、友人は吸っていた紙巻たばこを俺の腕に押し当てた。それで漸く、新月の下で死んだ加藤の幻は消えた。